僕らはヒマじゃない

初出　1999年2月18日（木）

　私はLinuxとFreeBSDの比較なんて、学者に任せておけばいいと考えるものの一 人である。どうせここ３年以上は競合が続くのは、誰の目にも明らかだろうし、 私から見れば、両方を知り尽くした人というのはほとんどいなくて、一部を強調 する偏った比較論ばかりだ。WIDEの影響かどうか知らないが、BSDを良く知って いる人が日本では多いようである。が、それでもLinuxの評価を正しくできる人 はごく少数だ。結局、ほとんどの人がさまざまな都合で、それぞれ完璧とは言え ない、ちょっとずつ違いのあるOSを使っているわけだ。個別の議論は楽しいが、 OSの二者択一を迫るほどのことは、現実に、まだないのである。

　だったら、まともな評価が定着するまで、多くの人と共に、不毛な比較論では 時間を無駄にしたくない。大体、比較にならないと多くのPC-UNIXユーザが信じ ているWindows系のOSに、まだまだインストール台数もユーザ数も負けているの である。Linuxユーザにしろ、BSDユーザにしろ、戦う相手を間違えちゃいけない。 Linuxに不満のあるBSD（あるいは他のOSの）ユーザには、見上げた根性に敬意を 表しつつ、BSDの優れた点をLinuxにも移植して頂ければ、世界で大多数のユーザ を獲得しているLinuxユーザが大喜びすることをお伝えしておきたい。

Linux ビジネスモデル

　さて、皆さんに考えて頂きたいのは、使いやすいLinuxをどんどん作って欲し いということだ（今日はアジテーションに走るよ）。僕の考える「良いデスクトッ プ環境」というのがあって、ハードウェアメーカ、パッケージディストリビュー タ、その他関係者の皆さんには是非検討をお願いしたいことがあるのである。

　オープンソースとか言ったって（実際私もいくつかのフリーソフトを書いてい るが）、金儲けになるということが、以下に素早く世界を変えるかというのは、 もうちょっと認識されていい。しかも、オープンソースだってちゃんとビジネス になるというのが、今日の僕の書きたいことの全てだ。Linuxで世界を変えたい （変えて欲しい）。

Bootable Media + on board SCSI

オープンソースでモノが売れるか

　現在の多くのLinuxディストリビューションは、ほとんどの部品がオープンソー スとなっている。それでも最近、一部では、商用パッケージソフトやバイナリだ けのツールが流通し始めている。実に残念である。当分は否定できない事実であ るし、そのほうが結果的に良いソフトウェアを流通させることになるのかも知れ ない。が、ソースを見せないことで、ソフトウェア部品を他の場面で使うことが 難しくなり、結果的に将来のプログラミングコストの増大を招くことが問題なの である。

　プログラマも人間であるから、食費を稼がねば生きていけない。プログラムを 書くこと以外で稼げるのだというのがGNUの思想である。Richard Stallmanほど のハッカーでなくても、フリーソフトを書けば儲けられるのだ、ということを以 下で示そうと思う。嘘だと思ったら読んでみて欲しい。

インストール作業は面倒だ

　フリーソフトウェアとしてLinuxが発展してきていることは素晴らしいことで ある。しかし、実際にネットワークだけでインストールを完了している人がどれ くらいいるだろうか？世界1000万人とも思われるLinuxユーザの99%はCD-ROMから インストールしているものと思われる。つまりは、どこかでCD-ROMパッケージを 買ってきているわけである。フリーソフトなのに、大多数がパッケージを買って いるというのは、ネットワーク経由でのインストールがコスト的に見合わないと ユーザがみなしていることを表す。通信費が安いと思われるUSAがLinuxのCD-ROM 市場をつくり出したということは、USAでもこの状況は変わらないものと思われ る。

　OSのインストールというのは、この現象に観察されるほど、面倒なものなので ある。USAでのMicrosoft独占禁止法裁判での司法省側の指摘を待つまでもない。 組み込み型の専用端末ではなく、ディスクのような２次記憶装置を持ち、OSとコ ンピュータとが独立に存在しうる形態を取る以上、そこに新しいOSやソフトはイ ンストールしなければならない。オープンソースだろうが何だろうが、CD-ROMな どのパッケージメディアがなくなることはないし、OSがプリインストールされた マシンという販売形態もなくならないだろう。

　しかし、ユーザを第一に考えるとすれば、そこを変えていかなければならない だろう。

書籍ビジネスとの比較

　フリーソフトでソースが公開されているのに、わざわざパッケージ化されたソ フトウェアを買うという現象は、暗号化されているわけでもないし、読もうと思 えば１時間くらいで本屋で立ち読みできてしまうような本でも買ってしまう人が いるのと同じくらい自然なことであり、消費者の行動として自然な現象となって いることを示している。今後10年は変わるまい。

　本屋に並んでいる本はほとんどがソースコードを閲覧できる。しかし、ほとん どの消費者はそれをコピーして販売したりしない。それはもちろん、著作権法の 力があるだろうが、それだけでなく、コストがかかるという理由がある。

　ほとんどのLinuxユーザに行き渡っているCD-ROMが、ほとんどフリーソフトで 構成されているとすれば、そのフリーソフトを頂いてまたCD-ROMをコピーして売っ てしまっても、フリーソフトを使っている以上全然問題にならない。問題ならば、 同じソフトをネットワークからダウンロードして売るまでだ。じゃあそれをみん ながやっているわけではないのはどうしてか？第一の問題は、やっぱりそういう ふうに実行形式にまとめることと、良いパッケージとしてまとめることにコスト がかかることである。

　まず、フリーソフトとはいえ、ある程度のコマンド類がコンパイルされた状態 で出荷されなければならない。プログラマとしてはばかばかしいほどちょっとし た手間だろうが、少ないながらも確実にここにコストがかかる。また、良いパッ ケージになってないと、売れるものではない。良い構成をつくり出すためにまた コスト（主に作業時間）がかかる。フリーソフトで構成されていたとしても、こ ういう市場原理が働くのは、本屋の本が売れる状況（つまらない本は売れない状 況）と似ている。

　従って、フリーソフトだからと言って、CD-ROMが売れないわけではないことが わかる。

バイナリでの配布という特殊性

　そうやって期待されつつ購入されていくCD-ROMといえども、インストールは面 倒なのである。多くのNetNewsに寄せられる質問、雑誌記事は、インストールに 関する質問と解説に費やされている。この状況は、まさに人類に殺人の歴史があ るのを嘆くのと同じくらい情けなく、なすすべもない無力感を感じてしまうので はなかろうか。写真を実際に見るために、現像の仕方から知っていないと駄目と 言われるほどの面倒臭さである。しかし、まだまだコンピュータ業界は改善の余 地がある。インストール作業のいらない環境が作れるからである。インストール のしやすさを目的に作られて出現したであろうパッケージなのに、結局は失敗し ているわけである。

　Live Linuxをご存知だろうか。 ハードディスクにインストールしなくても使えるLinuxである。floppyから始ま るちょっと前までのインストールでも、boot floppyとroot floppyで起動したと ころでLinuxは動いているわけだから、驚くには当たらない。Live Linuxだって、 アカウント情報などはfloppyに記録しておくことができる（ハードディスクに一 部のファイルをセーブして、その場合にはfloppylessにできるようだ）。それ以 外でも、例えばSlackwareは昔からルートパーティションさえあればCD-ROMを使っ ていろんなコマンドを実行することはできた。

　システム全体がインストール作業なしに使えるということは、実に快適なこと である。ちょっとパッケージとして魅力がなかったこともあり、私はLive Linux は実際には購入しなかったが、雑誌の付録にもついたりしたから、入手できた人 は多いはずである。「システムが壊れることはまずありえない」というところは、 すごい長所である。PlayStationなどのゲーム機が、子供など、一般のコンピュー タに親しんでいないユーザにも使われていることを思うべきである。

　残る問題は、自分でシステムをカスタマイズするような場合には、CD-ROMだと やや使いにくいことである。実際、SlackwareのCD-ROMにしてもすぐにハードディ スクにインストールしてしまったし、Live Linuxもあのままのパッケージだと面 倒だと思った私のような人間は購入しない。そういう場合にも、MOで売ったり、 「まあ、この値段でこれだけ作り込んであるんだったら買ってみるか」と思わせ るくらい、値段を安くして売ればいい。

　パッケージの構成に工夫があるのがLinuxの特徴であり、その部分の競争で市 場が広がってきている。もっともっと多様なパッケージが出てくるだろう。そこ で毎回インストールしてみるのは時間の無駄である。だから、MOやCD-ROMで配れ ばいい。CD-ROMに必要なソフトが入っていて、データと設定ファイルだけはハー ドディスクに入っていく、という状況にすれば、全くOSのアップグレードは簡単 だ。ディスクの入れ換えだけで良い。アプリケーションを起動するときには、 CD-ROMを入れればいい。アプリケーションソフトだけのCDなんていらない。OSが フリーなのだから、全てのCDに100MBくらい（LinuxのカーネルとXFree86程度を 想定している）のOSが入っていたって金額的には全然問題にならないのである。

　そうなると、PlayStationと同じように、パッケージメーカーだけではなく、 アプリケーションのメーカーでもソフトを販売していくことができるのである。 このことはソフトハウスにとって耳寄りなはずである。怖いのは、ゲーム業界の 「アタリショック」と同じような、粗製乱造による市場の崩壊というところかも 知れないが、売るほどのものでないソフトはフリーソフトですでに流通し、求め られているソフトがパッケージとして販売されていくわけだから、今のところそ の心配はあるまい。

CD-ROMとMO

　インストール作業がいらない配布形態としてCD-ROMとMOが考えられるが、それ ぞれに一長一短がある。市場が選択すればいいことであるが、個人的にはMOが普 通になれば、どんなに楽かと思うものである。PCの登場当時はハードディスクな んかなく、フロッピードライブしか搭載していないモデルが普通だった時期があっ た。

　MOは、ハードディスクよりも容量やスピードで劣り、CD-ROMにもコスト面で劣っ ている。CD-ROMは圧倒的な低コストで大量生産ができる。何しろ、スタンパで押 し出せば生産できるCD-ROMに対して、いちいち光磁気ドライブでの通常の書き込 み動作が必要なMOは、大量生産コストでCD-ROMに負けてしまうのである。また、 容量的に、先に発表のあった3.5" 1.3GB MOでも、NTなどのOSには十分でないし、 現在一般的な640MBだとLinuxなどのフルインストールには十分でないかも知れな い。だから、現在のところMOというデバイス、メディアが全てのPCのデフォルト デバイスとなることはないだろう。

　しかし、例えば目的別の少量生産が一般的になり、ショップブランドでカスタ マイズする配布形態などがあったらどうだろうか。特定の企業、SOHO向けにパッ ケージを構成する場合はどうだろうか。MOはメディア代だけでコピーができる。 CD-ROMはどうしてもマスタディスクが必要になって1999年初頭時点で120,000円 程度のイニシャルコストがかかってしまう。

　MOならば少量生産にはまさにうってつけである。必要ならば、MOにもハイブリッ ド型（ROMとRAMが１枚のディスクに入っている）が出てくればいいわけだが、こ れはMOメディア、ドライブメーカの協力が必要になるだろうから、今しばらくの 辛抱が必要かも知れない。

　現在は、ハードウェアの生産の都合でソフトのインストールというユーザに近 いところに負担（コスト）をかけているわけである。常にインストールとカスタ マイズのコストをかけることが前提なら、MOによって手間を減らすほうが結果的 に安くすることができる。MOのように書換え部分があって、しかもディスクレス （ハードディスクがないだけだが）にできることの利点は、現時点では強調して もし過ぎることはない。スワップパーティションはメモリを大量に搭載すること で不要にできるかも知れないが、パスワードファイルやネットワーク設定ファイ ルなど、OSの運用に重要なファイルに書換え部分が発生することを考えれば、MO で完結できる環境は、バックアップや環境の入れ換え時に、CD-ROMに真似のでき ない手軽なシステム運用を約束する。

　CD-ROMよりも小型にできるし、5インチCD-ROMの完全なコピーだって、3.5イン チMOで十分に作れるのである。CD-Rの様なコピー失敗に対する恐怖もない（失敗 してもやり直せる）。バージョンアップ用のMOディスクが入手できたら、バック アップ用ディスクにフォーマットしなおしておけばいい。

　そうは言っても、コピー問題に対する企業側のアレルギーがあり、ハードディ スク搭載もCD-ROMドライブ搭載も当面なくならないから、MOドライブ標準搭載機 というのはすぐに一般的にはならない。コピーに対しては、上述の著作権法、お よびコピーのコスト（MOは大量にコピーするのには、CD-ROMよりもコストがかか る）という障壁のほかに、どこでコピーされたかもわからないようなものを大切 なシステムとして使用するかどうか考えれば、それほど違法コピーだけが出回る わけではないと思われる。また、元はフリーソフトの集まりなのだということを 考えれば、多少のコピーが出回ってもそれでどうということもない、という気は する。いずれにせよ、コピー防止にはCD-ROMにしても駄目で、暗号化技術の進展 を待つ必要があるだろう。

　ただ、数十台の一括納入などのビジネスが可能なところでは、管理コストの低 減のためにハードディスクなし、MOドライブだけというモデルがあってもいいだ ろう。任天堂のゲームボーイのようなハンドヘルドコンピュータ、ノート型PCの ような体積が限られ、生産数が一定の数に収まる場合など、MOが利点を発揮する ことが十分に考えられるので、そういうところから搭載が始まれば良い。

On board SCSI

　MOやCD-ROMなどを搭載することを考えれば、SCSI搭載が当たり前なほうが良い。 IDEが低価格を武器に生き残りをはかっていても、ドライブ自体の中身はSCSIと 共通なことは多い。従って、現状のSCSI機器がIDEのものよりやや高めなのは、 純粋に量産効果の有無が反映されていると聞く。

　IDEは常にCPUへの割り込みを要求し、ハードディスクへの頻繁なアクセスが必 要な場合には、パフォーマンスの点でIDEは劣るという話もある。そろそろSCSI だけのモデルがあっても良いと思われる（実際、on board SCSIではないが、 www.peanuts.gr.jpのホストマシンは1993年末のSCSIディスクだけを持つDell 466/MXVである）。

　Macintoshは昔からSCSIを使っていたこともあって、オンボードSCSIは当たり 前である。しかし、IBM-PC/AT互換機ではまだまだ珍しい部類に属する。Macにで きてPC互換機にできないことはあるまい。実際、いくつかのマザーボードはオン ボードSCSIとなっている。

　ハードウェアメーカーの英断と、秋葉原など市場関係者の理解をお願いしなけ れば、こういう一種の革命は成功しないだろう。どれかの有名なモデルがSCSIだ けだ、MO標準搭載だということにならなければ、市場の少数派であるオンボード SCSIを一般的にはできないだろう。IDEインタフェースをなくすのは当分先にな るだろうから、小型化、低コスト化に超シビアなどはところはまだ挑戦しないだ ろう。ショップブランドのPCとしてオンボードSCSIが一般的になるためには、そ の効用をちゃんと理解しているユーザが増えてこなければならない。

　このような時代の変化を期待してでも、MOというデバイス、あるいはそのよう な使い方ができれば何でもいいのだが、そのような手軽なリムーバブルメディア が一般的になって欲しいし、当たれば大儲けである。そういうことに挑戦するこ とが、「使いやすいコンピュータ」には不可欠である。心ある人々（特にメーカ） の発想の転換をお願いしたいところである。

当面はCD-ROMか

　結局は、しばらくは稼がなくてはならない。MOは個人的な希望であるが、 CD-ROMでも構わない。Bootable ディスクでの配布という形を新しい一般的なス タンダードにしたいだけである。

　要は、バイナリで配布する以上、動作する形でのパッケージの配布というのは なくならない。その際、インストールしてもらうことばかりではないのである。 これからは、動作している環境は壊したくないから、インストールせずに使える ことが、パッケージ配布の要件になる。この配布形態がある限り、フリーソフト あるいはオープンソースのソフトウエアでも買ってもらうことができる。ソース コードのままでは実行することができず、コンパイルして実行する環境と共に配 布することで、手数料を頂くわけである。通信料金の低下によってオブジェクト までインストールして使うだろうというのは、少しはあるだろうが、ハードディ スクには容量の限界もあるし、これまでのシステムを壊したくないという要求は あるから、かならずやBootable CD & MOの時代になる。

　ソースコードは、自分が人から教えてもらうために、また人に還元するために、 そのままで流通するのである。MicrosoftのOSがソースコードを公開していない ために不都合を生じていることは、世のプログラマなら誰もが感じていることだ ろう（私Windowsプログラマの一人でもある）。コンピュータが世の中の重要な インフラとなっていくことを考えれば、このようなたった１社によって独占され ることは危険であるし、人類の進化を人為的に止めていることでもある。そのよ うな危険性を認識するとき、LinuxなどのオープンソースのOSが順調にインストー ル台数を増やし、いくつかの企業がLinuxをビジネスの中心に据えていることは、 非常に重要である。

自分の将来のために

　私は自分でもLinuxで生きて行ければ本望だと思うし、Linuxの発展を願うもの である。この文章を読んで、Bootable CD & MOを実現してくれる企業が、ますま すたくさん出てきてくれることを祈るものである。

　最後に「そんなに重要で儲かるとと思うなら自分でやればいいではないか」と いう声について、言い訳を述べておこう。

　僕はプログラマであって、現状のLinuxの置かれている状況を述べれば、「GUI をWindows以上に作ることができれば、Windowsよりは圧倒的に有利になる」とい うことである。もっと言えば、Lesstifを日本語化（他国語化）し、XFormsライ ブラリを作れれば、Windowsに勝てるというのが私の予想である。この部分に注 力したい。今後できてくるソフトについてはGtkで書かれることが多いだろうが、 Motif互換のLesstifで、これまでのUNIX系のノウハウがすべてLinuxへ流れてい くことを目指したいのである。

　その他にも、いろんなプログラムを書いていくプログラマとして頑張っていき たい。そのためにも、フリーソフトでパッケージを売れるという実績が必要であ る。自分の将来のためにも、フリーソフトのビジネスモデルが進化することを期 待したい。

道向　新（みちむこ　しん）
smitimko@ca2.so-net.ne.jp

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